大人の世界な話
〜競馬場編〜



私が小学校6年生の時の話です。
当時私が暮らしていたところは、ダービーや天皇賞で有名な東京競馬場の近くでした。
もちろん幼いころから近くにあるので、当然のように競馬場も遊び場でした。
そんなある日、友達から耳寄りな話が舞い込んで来たのです。
”天皇賞は入場前売り券が必要だ!”です、私は説明を聞かなくても すぐに意味がわかりました、
それはいい手だ!その当時ギャラクシアンやドンキーコングに夢中だった私達は金銭的に
厳しかったのです。よし!決まった!買おう!! 

  前売り券が発売になる日、学校が終わってから速攻で競馬場にダッシュしました、
普段 土日以外はラジコンかスケボーやってる人しか見かけない競馬場周辺が0−400でもあるかのような
にぎわいだったのをおぼえています。ちなみに子供は購入できないので、やさしそうなおじさんを見つけてお願い作戦でした。
私は1枚300円の券を4枚買いました。1枚300円を400円で売る作戦で、100円の利益です。

★余談ですがその頃の稼ぎ方を紹介すますと、○喝が一般的ですが盗った分、必ず中学生に盗られてしまいます。
あとは競馬場近くの飲食店で20円を握り締め(当時ジュースは80円)”あばちゃんボタン押したらお釣りだけ出てきたよ”と、
20円を渡して100円もらい80円を稼ぐ作戦です、なぜそんな古典的な作戦がうまくいくかというと地元特有の理由があります
競馬場近くの自動販売機は壊れやすいからです、なぜかと言うと、

競馬で負ける

頭に来る

酒をあおる

ケンカがおこる↓

周りがエキサイトする

自販機とも戦う

自販機 KO!!(バーチャファイター風)
タイム4人と6分02秒50 警官の仲裁でゴール。

とにかく手っ取り早く80円を稼ぐ方法は一気にブレイクしました。
がしかし 下級生にまで広がってしまいPTAが見回る始末でした、したがって天皇賞の話は荒稼ぎするチャンスだったのです。

当日私達は4班に分かれました、警備員の詰め所がある正門前は避けて、直角コーナー付近・馬墓場前・バス停前・
自転車置き場前に分かれました。
私は直角コーナーで待ちました、ダンボールにマジックで”入場券あります”と書いて自転車からぶら下げておいたのです、
1分もしないうちに おじさんが
”おい!本物か?いくらだ?”と聞いてきました、
私は400円ですと答えるとおじさんは安いな〜と言う顔で微笑みながら片手で
500円札を差し出してきました。
しまった!おつりがない事に気が付いたのです。
おじさんおつりが無いですと言うと おじさんは”いーいーお小遣いにでもしな!”と言って立ち去っていきました。
俺は心の中で”おやじ、いきだね〜”とつぶやいたのを覚えています。

その後とんとん拍子で合計3枚売れました、しかも 
おつりが無い作戦で全て500円で売れたのです。
私はこのままでいくと元金1200えんで2000円になるな〜と ウキウキしていました
(ちょうどその頃、大人の世界の厳しさが、こちらに向かって歩いていたとは微塵も感じませんでした) 
よ〜し来年はお年玉全部つぎ込んで大金もちだわ!
わっはっは〜と 大陸を支配したチンギスハーンと 同じ気持ちだったにちがいな〜い!と 
声を出してちょっと笑った瞬間 暴力団風の男が声をかけてきました、
”ガキっ!おまえチケットいくらで売ってんだ!”私は”500円です”と うっかり言ってしまったのです、
しまった〜おつりが無い作戦だったのに〜!! しかし手遅れでした、
暴力団風男は私の最後の1枚を手に取って言いました”いくら稼いだんだ?
”私はとっさに ”初めてです”と言いました。我ながら機転のきいたナイスな回答だと
ホレボレしていましたすると暴力団男は
”300円のチケットを500円で売るとはフテェ〜やろうだ!”
といって 300円も払わず 最後の1枚をもっていってしまいました。
私は野生の感でこれはまずいと思い、速攻でその場を去りました。

夕方、家で太陽にほえろ再放送を見ていると仲間が遊びに来ました。
友達は開港一番”金と入場券とられたよ!”といいました しかも去り際に腹もけられたそうです。
次の日学校でミーティングしてびっくり!!あとの2班は守衛室に連れて行かれ両親を呼び出され夜まで説教されていたそうです。
私は合計で300円の利益だったのですが 他の3班は全額盗られ、ひっぱたかれて け飛ばされて、
まるでピクミンのように扱われ、PTAまで巻き込んで大変な事態になっていたのです。
私は本当にラッキーでした。 
ちょうどその前の週に通称
”ゲームウォッチ事件2”があったばっかりだったので、首の皮一枚でつながった思いでした。
私達は標語と誓いをたてました。
”ギャンブル物には手を出すな”です。


  その4〜5年後、当時つきあてっていた彼女から”ダフ屋”と言う存在を聞いたのです、
話を聞きながら 私はあの時の競馬場事件を思い出していました 
野球場・アメフト・コンサート・ライブ会場とダフ屋は何処にでも居る、もっともポピュラーな
ネオ暴力団と聞きました。
私はあの時子供だったから助かったんだな〜と、思いながら
正規で買ったレベッカのチケットをもって彼女とコンサートにいきました。



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